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Interviewインタビュー

2021年8月号

キャリア投資の1割がまず目標
海外大手とも戦っていける

田中敦史氏

田中敦史 氏
(たなか・あつし)
1974年7月生まれ。1997年5月ゴールドマン・サックス証券入社、2000年4月イー・アクセスの設立に参画 経営企画室長、2006年5月同社執行役員財務本部長 イー・モバイル 財務本部長、2007年4月イー・モバイル CFO常務執行役員財務本部長、2011年6月イー・アクセス 常務執行役員経営企画本部長を経て、2012年6月にJTOWERを設立して代表取締役社長に就任

JTOWER
代表取締役社長
田中敦史 氏

5G/Beyond 5Gの時代、モバイルインフラのあり方は大きく変わる。カギの1つがインフラシェアリングだ。日本でのインフラシェアリングの先駆者であるJTOWERが、従来の4Gの屋内シェアリングに加えて、5Gやタワーのシェアリングにもいよいよ踏み出した。さらに周波数のシェアリングや海外展開にも意欲を燃やすJTOWERの田中敦史社長に話を聞いた。

2012年6月のJTOWER設立から9年、いよいよ日本でもインフラシェアリングが広がってきました。イー・アクセス/イー・モバイル(現ソフトバンク)の常務などを経て、JTOWERを起業した理由は何だったのですか。

田中 私はイー・モバイルのCFOでしたので、設備投資やネットワーク関連コストをどう下げるかもミッションの1つでした。
 海外を見ると、当時もアメリカやインドなどではインフラシェアリングが進んでおり、日本でもキャリアのコストを構造的に低減するのに有効だと考えていました。私がイー・モバイルに在籍していた頃も、キャリア間で通信鉄塔等の「貸し借り」が行われていましたが、一方で設備競争していたことから、インフラシェアリングに関しては、なかなか前向きな取り組みとして進みません。やはり、海外のように中立的な会社が旗を振る必要があると考え、であれば「自分がその役割を担いたい」と強く思ったのがJTOWER設立の背景です。
 シェアリングで重要なのはテナンシーレシオ、1物件あたりの平均参画キャリア数になりますが、一般的に、「3キャリアもしくは4キャリアが存在する携帯市場であればインフラシェアリング事業が成り立つ」と言われていました。当時もイー・モバイルを含め国内にキャリアが4社存在していたことから、当該事業が成立する可能性はあると考えていました。

第二電電(現KDDI)の創業者でもある千本倖生氏、現ソフトバンク専務のエリック・ガン氏らと共に、イー・アクセス/イー・モバイルを創業し、成長させていく中で、「いつかは自分で」という思いもあったのではないですか。

田中 それもありました。千本さんや当時在籍していたゴールドマン・サックスで上司だったエリックと一緒に会社を辞め、一緒に創業したのがイー・アクセスです。本当に何もないところから、従業員数千人の会社にまで成長する過程を見ることができたのは、ものすごく良い経験になりました。
 イー・アクセスを設立する時、私はまだ24、25歳くらい。千本さんもエリックも大先輩で彼らの背中を見ながら経営者としての経験を積むことができました。このイー・アクセスでの経験を活かし、次は自分が主体となり会社を立ち上げたいという思いもありました。

「最初は大変だった」

今でこそ日本でもシェアリングに対する理解が進みましたが、最初は苦労されたのではないですか。

田中 初めから分かっていたことですが、当初は大変でした。
 自分の古巣も含めて、まだ皆がシェアリングを前向きに捉えていなかった時代です。名前も聞いたことがないベンチャーに、「自分たちのネットワークの一端を担わせていいのか」という不安もあったかと思います。社歴が浅く与信も低いですから、事業継続性のリスクもよく指摘されました。
 JTOWERという社名の通り、当初はタワーシェアリングをやりたいと会社を設立しましたが、セル設計思想等がキャリアによって異っていたことや、各キャリアの技術陣と今ほど対話が十分にできる関係性でもなかったため、シェアリング対象のタワーの設置場所の特定を含め、この事業を推進することは容易ではありませんでした。タワーシェアリングは時間がかかると考え、まずは建物内の携帯ネットワークの共有化にフォーカスすることにしました。大型物件が新築されれば、各キャリアともその屋内対策が必要になります。
 最初はシェアリングのための共用装置もありませんでしたから、共用装置の開発から始め、それをキャリアに評価してもらうわけですが、評価していただくのにもキャリアにリソースを割いてもらう必要があります。
 時間はかかりましたが、トライアル等の検証を経て、JTOWERが開発した共用装置や運用保守体制を認めてもらうことができ、商用展開を開始したのが2014年後半。キャリア1社からスタートし、当時の全キャリアである3社すべてに利用いただけるようになったのは2016年になります。

そのとき、「よし、いける」と手応えを感じましたか。

田中 まだ、そんな雰囲気ではなかったです。「1社でまとめてくれた方が助かる」と不動産事業者からの評価は非常に高かったので、不動産事業者の協力を得ながら徐々にシェアリングの件数を増やしていきました。
 転機となった大きなイベントとしては、総務省が2018年12月に公表したシェアリングに関するガイドラインが挙げられます。2019年4月に割り当てられた5G用周波数の開設計画にも、シェアリングに対する考え方を記す項目が設けられ、キャリアからもインフラシェアリングに対する前向きな声が出始めました。高い周波数を用いる5Gでは、数多くの基地局を設置する必要があるためです。4G網の整備がほぼ終わり、上位レイヤーへ競争軸がシフトしていたことも、シェアリングが受け入れられる背景にはあったかと思います。
 こうした要因から、2019年頃からシェアリングが広がってきた感覚を得られるようになりました。

2019年7月にはNTT、今年5月にはKDDIと資本業務提携を結ぶなど、キャリアとの関係も一段と強固になってきたように見えます。

(聞き手・太田智晴)
続きは本誌をご覧下さい

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