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2007年4月号

イー・モバイル
代表取締役会長 兼 CEO
千本倖生氏
ただの携帯電話4番手ではない
今度はモバイル業界で革命起こす

3月31日に、定額高速のモバイルブロードバンドで携帯電話業界に新規参入するイー・モバイル。千本CEOは、「過去に市外電話、ADSLで起こした革命をモバイルの世界でも起こすのが我々の役割」と語る。

Profile

千本倖生(せんもと・さちお)氏
京都大学工学部電子工学科卒業。フルブライト交換留学生としてフロリダ大学大学院修士課程・博士課程修了、工学博士(電子工学)。日本電信電話公社(現NTT)を経て、1984年に第二電電(現:KDDI)を共同創業し、同社副社長。96年慶應義塾大学大学院教授に転じる。99年IP通信ベンチャー、イー・アクセス株式会社を創業し、代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)に就任。05年イー・モバイル株式会社を創業し、代表取締役会長兼最高経営責任者(CEO)に就任。この他、国内外のベンチャー企業の社外取締役を兼務。3iアドバイザリーボード、ザルツブルグセミナー理事、東京フルブライトアソシエーション副会長、日本ベンチャー学会理事、IEEE(米国電気電子学会)フェロー

  いよいよサービスイン目前ですね。

千本 私の人生における「最後の巨大プロジェクト」だと思って取り組んできました。今まで、KDDIの前身となるDDIやウィルコムの前身となるDDIポケット、イー・アクセスなど多くの企業を立ち上げてきましたが、その中でも一番チャレンジングな仕事です。

  振り返って、モバイル事業参入を決断した最大の理由は何だったのでしょう。

千本 イー・アクセスと同じで、「高くて、遅い」日本のモバイルマーケットに革命を起こさなければならないと感じたからです。イー・アクセスでADSL事業をスタートさせたのは2000年のことです。当時、インターネットはISDNがメイン。従量課金制で、ヘビーユーザーは月に2万円も払って64kbpsのインターネットを利用するという、非常に高くて遅い状態でした。DDIを始めた1985年も同じことです。当時の市外電話は東阪間3分400円。1時間で8000円もかかる。これを打ち破ろうと私はDDIを立ち上げたのです。
 04年にも日本のモバイル市場に同じことを感じ、何とかしたいという思いを持ちました。モバイル分野は固定ブロードバンドに比べると何十倍の規模のマーケットです。そして、日本のARPUは世界の中でも非常に高く、使っている時間は非常に短い。マーケットの中に矛盾があり、それはコンシューマーにとって非常に不便なことです。そこに我々のようなチャレンジング精神を持った新規事業者が入れば、多くのコンシューマーのメリットに繋がると考えました。

  イー・モバイルの場合、これまでの起業と何が異なりましたか。

千本 まず、巨大企業のバックアップに頼るのではなく、自立したベンチャー企業としてスタートしたいという思いがありました。ベンチャーで一番難しいのは資金調達です。DDIの時は京セラやソニーが助けてくれました。しかし、そういう同じ関係事業会社に助けてもらうと代わりに束縛が生じてしまいます。幸い、我々はイー・アクセスを上場させてゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなど海外の投資会社に実績を認められており、人間的な繋がりもありました。そのため3600億という巨大な資金を自立で調達することが出来ました。
 2つめは、モバイル事業は免許事業であるという点です。どんなに入りたいと思っても周波数を貰えなければ参入は出来ません。
 我々はイー・アクセスが成功してから、なんとかモバイルの世界にも入りたいと総務省の各種委員会の場などで貢献を重ねてきました。そして2年前、突然に近い形で1.7GHzという周波数がオープンするということになりました。これはソフトバンクモバイルの孫さんの功績が大きい。
 日本のモバイル免許は無料です。無料だからこそ、いきなり欲しいと言って貰えるものではありません。準備しなければ天の恵みはない。いくら準備をしていても恵みがない時もありますが、我々はちょうど準備をしていた時にうまくシチュエーションが回ってきた。非常に幸運だったと思います。

端末、サービスも充実

  まずデータ通信から入るわけで、地味なサービスを人目を惹く「EM・ONE」端末でアピールする作戦と見ました。

千本 これは本当に苦心の策です。データカードは予想しても、こんな端末が出てくると思った人はいなかったでしょう。
 1年前、クアルコムCEOのポール・ジェイコブス氏に、こんなチップセットを作って欲しいと直談判しました。今は世界にないが、1.7GHzは標準化の周波数だからいずれは出てくると説得しました。さらに、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長にお願いし、本社に飛んでWindows MobileをワイドVGAに対応してもらえるよう交渉したのです。
 シャープの町田勝彦社長にも大変なご苦労をお掛けしました。薄さ、サイズ、電池など色々注文を出しましたが、シャープの社員の方々の努力のおかげで見事な端末が出来上がりました。
 この端末はマイクロソフト、クアルコム、シャープとイー・モバイルの、世界の4社の知的協同作業の上に出来上がったものです。

  ヤッパが3Dブラウザを提供しているのもユニークです。

千本 ヤッパの伊藤正裕社長とはバルセロナの3GSMカンファレンスで出会いました。ちょうど端末をどうしようかと考えていた時期で、今までの端末は2次元の画面ばかりだったので、これは使えるんじゃないかとピンと来ました。彼は23歳と非常に若い。日本では、若い起業家が経営力や資金不足で行き詰ってしまうことが多いが、彼らのような潜在能力のある起業家にチャンスを与えたいという思いもありました。

  販売目標、販売施策、販売体制はどう考えていますか。

千本 販売目標は初年度30万を目指します。また、当面の販売体制は量販店メインです。EM・ONEは量販店が扱っているITガジェットと非常に相性がいい。PCはもちろん、USBキーボードやBluetoothヘッドホンなど何の横に並べても違和感がない端末です。サポートも基本的には購入した量販店で受けられるようにします。コールセンターも準備します。また、Webオンラインショップも開設しました。
 もちろん、ショップ展開を考えていないわけではありません。ショップというサポート性が必要になったり、アンテナショップの展開が必要になる場合があるでしょうから、その場合は検討していきたいと思います。
 08年3月にNTTドコモとローミングして全国で音声サービスをスタートしますが、その時も、我々はデータ通信に強みがある端末の仕掛けや料金体制を考えていきます。

  MVNOやコンテンツへの取り組みは進んでいますか。

千本 MVNOについては、ADSLのホールセール先と交渉中で、各ISPに話を詰めているところです。たとえばniftyの中にモバイルパッケージとADSLパッケージを作り、セットで契約するなどの形を想定しています。夏から秋には順次スタートを目指します。
 また、コンテンツですが、iモードのようなクローズのコンテンツ環境へ持っていこうという意識は強くありません。ただ、CP(コンテンツプロバイダー)側から要望がありますので、課金・認証プラットフォームは作っていきます。動画などの独自コンテンツも準備を進めています。

  ビジネス向けにインパクトがある端末・サービスだと思うのですが、法人市場はどうしますか。

千本 早くも非常に多くのお問い合わせを頂き、嬉しく感じています。しかし、例えばサーバー連携やセキュリティなど、深くまで踏み込んだ法人ソリューションへの取り組みはまだ少しずつ進めている段階です。一朝一夕には行きません。法人営業部隊を組織して本格的に取り組もうとしています。

歴史を作るのは人の力

  これまでいくつもの企業を立ち上げてこられたわけですが、起業を成功させる要因は何なのでしょう。

千本 私はつねづね「歴史の扉はある瞬間にしか開かない」と言っています。85年に日本電信電話公社(現NTT)が民営化された時に私は、市場に競争原理が働かないと民営化の意味がない。そのためには、対抗軸として非常に民間度の高いベンチャー企業が存在しなければならないと感じました。そこで、当時非常に民間度の高い名経営者の京セラ・稲盛和夫社長に一緒にやって頂きたいと提案しました。
 しかし、当時私は電電公社の社員でした。電電公社に対抗する会社を作りたいと言って周りに理解が得られるわけがありません。
 そこで私は、当時のトップの真藤恒総裁と話すことにしたんです。真藤さんは電電公社の古い価値観を壊すために送り込まれてきた人で、この人にしか私の考えはわかってもらえないと思いました。
 普通に会いに行ってもとても会うことの出来ない雲の上の人でした。そこで一計を案じ、真藤さんが大阪に講演に来た際、たまたま私も東京出張の予定があったので、東京に戻る同じ飛行機に私も乗り、秘書役の佐田啓助さんに、真藤さんの隣の席を譲ってくれとお願いしました。佐田秘書役は何も言わず黙って席を譲ってくれました。そこで真藤さんに話をしたところ、「お前の考えは面白い。競争は必要だ。俺は電電公社のトップだからイエスとは言えないが、黙認するよ」と静かに答えてくれました。
 あそこで真藤さんが暗黙の理解を示してくれなければ、日本で最初の競争通信会社はスタートしなかったと思います。その後の歴史も随分違った展開になり、今のKDDIもこの世に存在していなかったでしょう。真藤さんと佐田さんにはこの上なく恩義を感じています。あのタイミングで素晴らしい方々に出会えなかったら日本の通信の歴史は全く違ったものになっていたと思います。

  千本さんのマネジメントのポイントは何ですか。

千本 一番大事な点は、トップマネジメントがチームとして動くということです。天才的な人は1人ですべてを仕切りたがるものですが、それには必ず限界がある。会社が成功する一番の条件は、お互いが持っていないものを持っている集団が上手くチームワークを取って動くことです。
 私は常にいいパートナーや経営仲間に恵まれてきたと思います。今回も、たとえばエリック・ガン(副社長兼CFO)は創業からのパートナーでファイナンスの天才、種野(社長兼COO)はDDI時代からずっと一緒にやってきましたし、取締役の安井(イー・アクセス社長)は、元IBMの幹部でハイテクがわかる人です。EM・ONEも、安井と端末担当チームがシャープと議論を重ねたことで完成したと言っても過言ではありません。
 人的な縁が繋がり、予期してなかったところから素晴らしい効果が出てくるのです。

新しいものが世界を変える

  最後にイー・モバイルの目指す姿を教えてください。

千本 よく「あなた方は新規参入だから、カバレッジが少なくて駄目だ」と言われます。しかし、インフラビジネスは最初が厳しいのは当たり前です。我々がDDIの携帯やPHSを立ち上げたときは本当にカバレッジが狭かったが、確実にエリアを拡大していった。単に既存の側に立った見方でしか見ていないと、起業家精神は決して育たない。リスクがあって当たり前。既存のものだけに支配される世界には絶対に進歩はありません。新しい存在が世界を変えていくんです。
 我々は、単純な第4のキャリアではなく、新たなモバイルバンドオペレーターです。既存のモバイル通信業界の仕組みにインパクトを与えていきたいと考えています。総務省から新規参入として電波を頂いた以上、21世紀の日本と消費者のために新しい世界を創る。それは我々の歴史的な責務です。
(聞き手・土谷宜弘)

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