2023年8月号
光通信にブレークスルー技術
「30秒後の未来」から現在制御
山中直明 氏
(やまなか・なおあき)
慶應義塾大学 理工学部情報工学科 教授、工学博士。1981年慶應義塾大学工学部卒業、83年同大学院修士課程修了後、日本電信電話公社(現NTT)に入社。NTT未来ねっと研究所、NTTネットワークシステム研究所特別研究員として将来のBroadband ISDN、高速・広帯域交換方式の研究開発、ATM網におけるトラフィックマネジメントに関する研究、超高速ATMノードシステムの研究開発、GMPLS、光バックボーンの研究に従事。2000年IEEEフェロー、2004年より現職。電子情報通信学会 次期会長も務める
慶應義塾大学教授
電子情報通信学会 次期会長
山中直明 氏
光ネットワークの権威である慶大・山中教授が、次のブレークスルーと大きな期待をかける光ファイバー技術がある。ガラスではなく、空気の中を伝搬するホローコアファイバーだ。これで実現できる超低遅延のネットワークインフラを用い、ソーシャル・ウェルフェアの観点から最適な未来に向かって、現在をバックキャスト制御する「仮想未来主導型の社会」に取り組む。
●Beyond 5G時代に向けた動きが活発化しています。光ネットワークの第一人者である山中先生は、総務省の「Beyond 5G時代の有線ネットワーク検討会」の主査を務められるなど、これまでからBeyond 5Gに関する提言を行ってきましたが、特に今、何に注目されていますか。
山中 Beyond 5Gはいろいろな要素で構成されますが、現在最も力を入れているのが超低遅延です。これまで低遅延というと、無線アクセス系の話が多かったと思いますが、ネットワーク全体の超低遅延化に私は一生懸命取り組んでいます。
具体的には、10km四方くらいのエリアを“面”で超低遅延化し、「時空間同期」を実現したいと狙っています。
ロボット1台の自動運転なら“線”の超低遅延で十分です。しかし、複数のロボットが協調して同時に動くには、お互いの位置情報と時刻を常に同期させる時空間同期が必要です。そして、そのためにはエリア全体、すなわち“面”での超低遅延が求められます。
この“面”での超低遅延化に向けて、重要なブレークスルーになると期待している技術があります。ホローコアファイバー(Hollow Core Fiber:中空コアファイバー)です。
超低遅延の理由
●どんな技術なのですか。
山中 普通の光ファイバーは、シリカガラス製のコアの中を屈折しながら光が伝搬していきます。これに対してホローコアファイバーは、単純化して説明すると、空気中を伝搬していきます。それで何が違ってくるかというと屈折率なのです。
●光の速度は、伝搬する媒体によって変化します。屈折率とは、最も高速な真空における光の速度を、物質中での光の速度で割った数値のことですね。
山中 シリカガラスの中を通る普通の光ファイバーの屈折率は1.4くらいですが、空気の中を伝搬するホローコアファイバーの屈折率は1。原理的に一番速いスピードで通信できるのがホローコアファイバーです。
また、波長数も物理的限界まで増やすことができます。光ファイバー通信には、波長多重という技術が使われていますが、例えば8波並べると8倍のパワーを入れる必要があります。光ファイバーのエネルギー密度は、すでに太陽の表面に近いと言われており、これ以上になるとファイバーを曲げた部分が燃えてしまいます。ですから、今以上に波長数を増やすにはパワーを下げて伝送距離を短くする、伝送距離を伸ばすには波長を少なくしてトータルパワーを下げるしかありません。
ところがホローコアファイバーは、空気の中を光が通りますから、どれだけエネルギーを送っても途中に燃えるものがありません。エネルギー密度的には、2桁くらい楽だと言われています。
要するに、「16波では足りない」と言われたら、「600波にしてもいいですよ」と言える可能性があるということです。
NTTのIOWN構想は「1ユーザー1波長」という目標を掲げていますが、1波長を1ユーザーで使うメリットの1つは低遅延です。複数ユーザーで1つの波長を使うためには多重化が必要で、例えば1000人で時分割多重を行うと、999人分待たなければならないからです。
さらに、長距離飛ばすと、光の波形はどうしても歪んできます。これを非線形性と言いますが、空気中を伝搬するホローコアファイバーは線形性についても理想的な特性を持っています。
マイクロソフトも注目
●ホローコアファイバーが普及すると、非常に大きなインパクトがありそうですが、最近登場した技術なのですか。
(聞き手・太田智晴)
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