2026年3月号
日本のワイヤレス産業復活
必要なのは人材と基盤技術

藤井威生 氏
(ふじい・たけお)
1974年東京生まれ。1997年慶應義塾大学 理工学部 電気工学科卒業、2002年同大学院 理工学研究科 電気工学専攻 後期博士課程修了。2006年に電気通信大学 先端ワイヤレス・コミュニケーション研究センター 助教授、2015年に同教授。博士(工学)
電気通信大学
先端ワイヤレス・コミュニケーション研究センター 教授
藤井威生 氏
日本のワイヤレス産業の行く末を懸念する声が強まっている。経済安全保障のリスクも高まる中、日本の通信インフラが「海外依存」になっていいのか。総務省の電波有効利用委員会の主査や情報通信成長戦略官民協議会の構成員を務めるなど、ICT政策にも深く関わる電気通信大学の藤井教授に、人材育成や産学官連携の重要性、次世代ワイヤレス技術の展望などを聞いた。
●日本のワイヤレス産業の現状をどう見ていますか。
藤井 日本のベンダーが、無線通信の研究開発に少し後ろ向きになっていることが非常に気になっています。世界シェアが取れていない中、事業を本当に継続するのかどうかを模索しているような状況がずっと続いており、新しい投資はなかなか始まりませんし、新しい技術もあまり出てきません。部品関連など一部に元気な領域もありますが、総務省を含めて、いろいろな人が日本のワイヤレス産業をもっと元気にするための策を打とうとしているにもかかわらず、昔からの通信系ベンダーがそれほど乗ってこない状況を大変もどかしく思っています。
日本のベンダーは、かつては基礎研究から応用まで、すべてに取り組んできました。しかし、この10年、20年は、応用領域に特化する形へとシフトしており、その結果として、基盤技術はどんどん失われています。そのため、次の新しいことに取り組めず、標準化作業の場にも新しい技術を持っていけない状況です。
ベンダーだけではなく、通信事業者も含めて、日本の基礎研究の力は落ちています。
半導体産業の轍を踏むな
●4Gまでは日本が世界のワイヤレス技術をリードする立場にあったことを考えると寂しい状況ですね。
藤井 日本の半導体産業は現在、いったん大きく衰退した状況から復活するため、大変な苦労をしています。ワイヤレス産業についても、今、手を打っておかないと、同じ過ちを繰り返し、将来大変な状況になるのではないかと危惧しています。
●具体的には、どういった手を打つべきでしょうか。
藤井 まずは人材育成が重要です。今、大学も含めて、無線通信の分野には、なかなか人が集まりません。また、集まった学生の多くは通信事業者に就職し、通信系のメーカーはあまり魅力的な就職先には見えていないように感じています。
さらに、電気通信大学の場合は「無線通信をやりたい」と目指して入学してくる学生が、今もまだかなり多いのですが、他の大学については留学生ばかりになってしまっている研究室も多いのではないでしょうか。日本だけでなく、海外も似たような状況だと思いますが、「AIを研究したい」など、限られた電気・電子系の学生が別の分野へとシフトしています。
●確かに、今は給料もAI企業の方が高そうです。
藤井 中国などは比較的まだワイヤレス産業が活発で、多数の採用もありますので、目指す学生は多いと思います。しかし、日本の場合、待遇自体も他の産業と比べて、あまり良くなくなってきています。
日本政府は最近、「最先端半導体技術センター(LSTC)」の設立を支援するなど、半導体産業における研究開発と人材育成にかなりの予算を投じています。同じようにワイヤレス産業に関しても、人材育成のためのセンターの設立などを検討していかないと、日本からワイヤレス技術が消えかねません。
経済安全保障の問題も考えると、それがかなり危険な事態であるということは、多くの皆さんも感じられていることだと思います。
日本の半導体産業が今、そうは言っても何とかなっているのは、結局、大学での研究が細々ながら続いてきたのと、昔やっていた人材がかろうじてまだ残っているからです。
●地政学リスクが高まっている今、日本のワイヤレス産業が元気であることを期待する声は海外にもありそうです。
藤井 そうですね。中国ベンダーから調達しにくくなった国はたくさんあり、そうなると北欧のビッグベンダー2社に調達先が限られてしまいます。サムスンが一部の分野で頑張っていますが、日本のベンダーに期待する国はあると思います。
ただし、このままの状況では非常に厳しいです。無線通信のコア技術を研究開発できる人材を育成するには、専門性の高い教育をしたうえで、通信事業者やベンダーに送り込み、そこで次の技術を生み出すという循環を作り出す必要があります。こうした循環をしっかり支えられる企業が少なくなっているのであれば、どこかにある程度、人材などを集中させる必要もあります。
例えば企業が研究開発に力を入れるのが難しいのなら、大学にもっと任せてもらいながら、一体化して研究開発を行っていくなど、うまく棲み分けや協力をしながら日本を盛り上げる方策を考えていく必要があると思います。多くの資源が割けないのであれば、役割分担しつつ、資源を集中させなければなりません。
●産官学が一体で取り組む必要があるということですね。
(聞き手・太田智晴)
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