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2006年2月号

シスコシステムズ
代表取締役社長
黒澤保樹氏
IP導入で仕事のやり方が変わる
ナレッジワーカーには不可欠

“レガシー”に代わるIPコミュニケーションの導入の火付け役となったシスコシステムズ。黒澤社長は企業へのIP普及に手応えを感じると自信を見せ、今年は中堅・中小企業分野に一段と注力すると語る。

Profile

黒澤保樹(くろさわ・やすき)氏
1952年秋田県生まれ。1973年、横河・ヒューレット・パッカード(現日本〜)入社。89年米国ヒューレット・パッカード、アジアパシフィック・ネットワーク・マーケティング・センタ長を経て97年、横河・ヒューレット・パッカード取締役就任。98年、米国シスコシステムズ副社長就任。同年11月より現職に就任。2004年11月より米国シスコシステムズ上級副社長も兼務する

低いIT投資率に危機感

  景気回復が進み、個人消費とともに企業の設備投資も増えています。日本企業のIT投資の見通しはどうですか。

黒澤 確かに景気回復は急速に進んでいますし、企業のキャッシュフローも改善しています。しかし、私はIT投資に対しては楽観的な見通しは持っていません。
 ブロードバンドやワイヤレス分野で日本のコンシューマーは世界一といわれ、先端技術を使いこなすのがとても上手い。しかし、企業と政府行政部門はそうとはいえません。この間、ブロードバンドインフラの構築は進んでいますが、ITをきちんと使う点ではやはり米国のエンタープライズ、パブリックセクターの方が大分先に行っています。

  IT活用のどういう点が、遅れているのでしょうか。

黒澤 米国はIT投資にGDPの3.4%を使っています。ところが日本は、2.2%程度。英国は3.3%、シンガポールでも3.5%です。日本で設備投資は確かに回復していますが、工場の製造ラインの増設などに使われ、ITには十分向いているとはいえません。IT投資額そのものはせいぜいフラット、コンピューター投資はマイナスではないでしょうか。
 それと、IT投資の内容もかなり違っていますね。コスト削減と業務効率化への利用比率では、日米間に目立った差はありません。調達コストの削減という点では米国の方が進んでおり、日本は少し遅れているぐらいです。
 しかし、事業収入を上げるとか成長率を上げるとかになると、日本はすごく遅れています。例えば新しい顧客を獲得するとか、商品・サービスの品質アップ、顧客満足度を上げるなどの領域、いわば自分の経営戦略を実現するためにイネイブラーとしてIT活用を進めるという手法はとても遅れていると思います。

「IP疲れ」からの脱却

  IT投資と似ているかもしれませんが、通信市場では、特に通信機ディーラー/SIにレガシーPBXのIP-PBXへのリプレースが期待ほど進まないので「IP疲れ」という言葉も飛び交っています。

黒澤 そもそもシスコにはレガシーPBXがありませんから、すべてIPシステムです。私は、IPコミュニケーションというものは大分定着したと考えています。これからリプレースしようという時に、まさかレガシーでよいというお客は少ないでしょう。マーケットは着実に伸びていると思います。

  「シスコはルーターのおまけでVoIPを売っている」と言う日本メーカーもいます。

黒澤 そんなに楽ならよいのですが、ありえません(笑)。シスコが最初にIPを提起した時は大いなる誤解がありましたが、私どもにとって「IP技術を使って電話を安くする」ことは、目的でもなんでもありません。IPコミュニケーションを導入することで、電話では実現できない、企業の生産性向上と経営革新を達成することなのです。
 日本メーカーは「使い勝手は前と同じだ」と言ってIP-PBXを売っています。使い勝手が同じということは、仕事のやり方が同じということです。仕事のやり方をユーザーは変えなくてよいということになる。すると、値段が安くなるだけのことです。われわれはそういう売り方はしていません。

  シスコのIPコミュニケーションはどういう売り方ですか。

黒澤 あくまでも、業務効率化・生産性向上さらには経営革新のための、レガシーからIPシステムへの更改です。当社は5〜6年も前からIPテレフォニーを手掛けています。当時は「IPは音が悪い」とかさんざん言われましたが、一貫して「IP時代が来る」と力説してきました。まさに、このことを実現するためなのです。

  確かにIP電話やIPセントレックスは旧来の電話と同じではありません。しかし、市場では、その「売り方」に混迷が見えます。

黒澤 IPコミュニケーションは電話ではありませんから、アプリケーションが必要です。アプリケーションには、「ビジネスアプリケーション」と「コミュニケーションアプリケーション」ないし「コラボレーションアプリケーション」があると思います。ビジネスアプリケーションの方はコンピューター屋さんがやっている。コミュニケーションアプリケーションは、ネットワークメーカーとして自分たちもやっていこうと考えています。

  IPコミュニケーションのポイントがコミュニケーションアプリケーションだというのは納得できます。今、メーカーの競争もそこに集中しています。

黒澤 日本企業には、単なる速さではなく「即応」つまりリアルタイム性が求められています。変化が起きた時にすぐ対応できるということです。IPの特徴を生かしたコミュニケーションアプリケーションは、リアルタイムの環境が必要とされている企業には必須となります。

  IP/ブロードバンドにおいて、コンシューマー向けにはビデオ配信などアプリケーションの方向が見えますが、エンタープライズ向けにはアプリケーションの方向が見えないという声が業界関係者からも聞かれます。

黒澤 それは、IPコミュニケーションの意義が分かっていないからでしょう。IPコミュニケーションの効果はオフィスのナレッジワーカーの生産性向上にこそ最も効きます。従業員の人口比を見ると、製造業はどんどん減っています。他方、オフィスのトランザクション系業務は多少増えているぐらい。一番増えているのはナレッジワーカーです。そして、このナレッジワークは非定形業務であり、一番必要なのはインタラクション(対話とやりとり)です。そのプロセスで付加価値を生み出しているわけです。その時、単なるデータや音声だけよりもビデオとか画像とかデータ量の多い方がよいに決まっています。ナレッジワーカーの生産性向上にブロードバンドのIPコミュニケーションは不可欠でしょう。

期待の中堅・中小企業分野

  主要ベンダーは軒並み、中堅・中小企業分野の開拓に注力しています。しかし、なかなか成果があがらないのが実情です。

黒澤 中小企業はどこでも少ない人数で、経営者がやらなくてはならないことが多い。経営者は事態をすべて掌握する必要があり、それだけITとIPの必要度が高い。中小企業経営者は感度が高いし、意思決定も自分でできる。また、雇用を吸収するのも今後は中堅・中小企業です。ここが伸びて経済が伸びる。だから、どのベンダーも注力しているのでしょう。

  御社も中堅・中小企業へのIPコミュニケーションの普及に重点を置いていますね。

黒澤 その通りです。ますます加速したいと考えています。企業経営者の立場に立って見るとよく分かりますが、IPコミュニケーションはとても重要です。
 社員にクイックに指示したい時も、IPがないと話が組織の途中で止まってしまう。私のPCの上にはカメラが付いており、当たり前のごとく利用しています。相手の顔、表情、情報量が違います。定期的に社員にビデオメッセージを出していますが、みんな見てくれています。アクセス数は一番のヒットです。考えをストレートに伝える点では、極めて有効です。会議で私が話したことが、そのまま伝わるとは限らないしね(笑)。オンデマンドで、社長の提起を社員が都合のよい時に聞く、それはもうeラーニングですね。

  これからのIPコミュニケーション市場の需要見通しはどう考えていますか。

黒澤 私はものすごく伸びると思っています。電話に対する需要ではありません。IPコミュニケーションのマーケットですから、2010年で1000億円、いやもっと行くのではないでしょうか。シスコにとっても、高い伸びを示すとても大事なマーケットだと考えています。
 マーケットシェアをワールドワイドで見れば私たちの意気込みが分かると思いますが、シスコはノーテルとルーセントを抜いてシェアを大きく上昇させています。
 ただ、われわれの反省としては、電話機のラインナップを充実するとか、日本語化など、痒いところに手が届くようにすればもう少し加速するだろうと思っており、その準備を進めています。

NGNもリードする

  昨年、NTTが次世代ネットワーク構想を発表し、いよいよNGN時代に入りましたが、NGNビジネスへの基本スタンスは何ですか。

黒澤 日本はブロードバンド分野で進んでいます。「ブロードバンドは日本発で進む」、私たちは一貫してそう考え、日本の市場を重視しています。富士通と組んだのも、そのためです。

  NGN事業において富士通と戦略提携していますが、その狙いは。

黒澤 富士通は日本の会社ですが、日本のマーケットのためにシスコと提携しているわけではありません。私たちの提携の狙いは、(1)世界最先端の品質、(2)迅速な運用サポートによる顧客満足度の向上、(3)日本市場へ向けて次世代を見据えた最新ソリューションを提供することの3つです。
 シスコは世界百数十カ国でビジネスをしていますが、その国で進んでいるものがあればぜひ学びたいし、取り入れたい。その点、日本はやはり品質です。キャリアグレードの品質を富士通から学んでいるわけです。
 逆に富士通は、今までは日本に居て輸出していればよかったが、それでは生き残れない、グローバルに勝たないとだめということです。まずグローバルマーケットを見て、世界で勝てるところで勝負するという戦略だと理解しています。これは、シスコと同じです。

  シスコの今年の事業展望はいかがですか。

黒澤 従来からやっているエンタープライズ、パブリックセクターの分野はステディでしょう。サービスプロバイダー分野の投資額には大きいがサイクルがあり、これまでは端境期でしたが、次のNGNの波は今年から始まります。
 本格的に取り組み始めたコマーシャル(中堅・中小企業向け)分野はもともとベースは小さいですが、大きく伸びると思います。そこに特化した製品も用意しています。今年は高い伸びが期待でき、成果も出始めると思います。私は、企業経営者が早くITを取り入れ、どんどん活用することが企業競争力を高める最短の道だと声を大にして言いたいですね。
(聞き手・土谷宜弘)

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