u-Japan政策の下、昨年9月に「新競争促進プログラム2010」を取りまとめるなど、総務省は現在、IP・ブロードバンド時代に対応した競争ルール作りを強力に推し進めています。
森 世の中が電話からインターネットの時代へと変わり、通信と放送の融合も進みつつあります。また総務省としては、2010年のユビキタスネット社会の実現をターゲットとするu-Japan政策を推進しており、2011年には放送も、アナログからデジタル放送へ完全に移行します。
こうした変化に対応し、IP時代のビジネスモデルやネットワーク構造に即した新しい競争モデルを検討する必要があります。通信自由化から20年余り、これまで進めてきた政策と同様、事業者間の競争を促進させ、利用者の利便向上を目指すという基本方針を継承しながら、新しい競争促進ルールの検討を進めていきます。
活発な競争を促した結果、ブロードバンドサービスの低廉化や高速化も進みました。
森 かつては東京大阪間の通話料金が3分間400円だったものが、現在では10円台で通話できるようになりました。この事実1つを見ても、わが国でこれほど成功している行政分野はないと思っています。
事業者が一生懸命に競争しながら技術を磨いてきた。行政も、その技術進歩に遅れないようにしっかりと制度を作ってきた。その両者の努力の成果です。
20年前、電気通信について語れる人は電電公社の人と一部の学者、そして我々行政官しかいませんでした。医療に例えれば、セカンドオピニオンがない状態です。つまり行政において、NTTと我々との関係が占める比重が非常に大きい状態だった。
それが、この20年間で裾野は大きく広がりました。事業者も研究者も増え、マスコミもさまざまなことを伝えるようになりました。最近はパブリックコメントの募集も盛んに行っていますが、これだけ議論が盛り上がっていて、利用者、消費者を含め、いろいろな方面の意見を取り入れながら進んでいる分野は、他にはありません。
裾野が広がってきたというのは、すばらしいことです。
通信事業の問題は、以前と比べて消費者にとっても身近な問題になりました。
森 通信事業は非常に公益性の高い事業ですし、行政も消費者に密着したものにならざるを得ません。局の中に消費者行政課という名称の課が存在することも、霞ヶ関のこの分野の行政の先駆けといえるでしょう。
世界の一員としての役割
菅大臣は国際競争力強化の必要性を特に強調されています。
森 問題意識は、副大臣の頃から持たれていました。日本は世界一のブロードバンド環境を持っているのにも関わらず、なぜ世界で通用しないのかと。
国際競争力を高めるための研究や議論を進める必要があり、そうした政策の必要性については竹中氏の次の大臣にも進言したいと仰っていた。それが、当のご自身が総務大臣に就任することになった。
副大臣の時から、その点を強く問題視されていたことから、就任の日に指示をいただき、早い段階でICT国際競争力懇談会を立ち上げることができたのです。
国際競争力の問題は携帯電話だけに限りません。NGNに関しても、放送あるいは知的財産権の問題や人材の育成活用に関しても、見直すべき課題はいくつもあります。通信は、この国が将来成り立っていくために必要な、有力な分野の1つですから。国際競争力強化に力を入れることは、産業界も歓迎しています。
ただし、日本だけが成長すればいいという発想ではない。世界の一員として諸外国と協調しながら成長していく中で、リーダーシップを取れるような競争力をつけていくということです。日本だけが勝てばいい、という考えが通用する時代ではありません。
さまざまな国と手を携えて、良い製品・サービスを世界中に広げていく。そこで日本が一定の役割を果たし貢献していく。そういう形を目指していかなければなりません。
"声"を吸い上げルールを作る
通信ネットワークは回線交換網からIP網へのマイグレーションの段階にあります。これまでは、NTT東西が圧倒的なシェアを占めるなか、そのボトルネック設備をオープンにすることでサービス競争を促進してきました。今後も同様の方針で進めていくのでしょうか。
森 設備競争とサービス競争を、どちらも平行して進めていくというのが基本です。しかし現状は、NTTのシェアが圧倒的に多いという状況ですから、開放義務の問題が大きく取り上げられることになります。
NTTは、開放しないなどとは言っていません。そこには少し誤解がある。問題は、接続料をいくらにするかということです。
NTTは2010年までに3000万加入という大目標を掲げています。これは非常に大きな目標で、投資意欲を失わない姿勢は立派です。開放を迫られれば、投資意欲が削がれそうなものですが、それでも投資を緩めないということは、その先に、サービス面で大きな可能性を見出しているのではないでしょうか。
現在の光ファイバー接続料金は月額5074円です。それに対してNTTは、実際のコストは1万円余りであるからと、接続料金の値上げも匂わせています。
森 3000万加入という目標が達成できれば、当然コストも下がります。その見込みがどうなっているのか。接続料については、そういう議論になってくると思います。
いずれにせよ、NTTの検討を待って、議論していくことになるでしょう。
接続料についてはKDDIとソフトバンクテレコムが、現在の1芯一括りでの貸出しから1分岐単位での貸出しへの変更も求めています。
森 それもこれからの議論になります。現状方式では、接続事業者の参入が困難との指摘がある一方、アクセスラインの共用にはサービス品質などの面で課題があるとの指摘もあり、慎重に議論を進めていかなければなりません。
光ファイバーの敷設コストには、2010年までにブロードバンドゼロ地域を解消するという大きなテーマも関係してきます。そこでは、ワイヤレスブロードバンドの活用の問題も、合わせて議論しなければなりません。
過疎地域に対して安価にブロードバンドサービスを提供する手段として、WiMAXが注目されています。IPマルチキャスト放送とも絡めて利用することが期待されています。
森 WiMAXは有力な手段の1つだと思っています。ラストワンマイルの候補の1つです。
広帯域移動無線アクセスシステムBWA(Broadband Wireless Access)の実現に向けては、複数の事業者および自治体が2.5GHz帯の免許取得を目指しており、いわゆる参入事業者枠の論議が注目されています。BWA事業参入が認められるのは、2社といわれていますが。
森 夏頃までの間、さらに議論を進めていきます。まだ議論中で何も決まっていない段階で、2か3かと限定する必要はないでしょう。
IP網の利用が進むにつれ、これまで想定していなかったような新たな課題も生まれています。
森 個人的にはネットワークの中立性の問題に関心を持っています。
現在米国では、連邦議会でネットワークの中立性を巡る法制化の議論が行われるなど、この問題に対する関心が高まっています。一方、日本ではまだ十分な議論がなされていません。
例えば、Googleで「ネットワーク中立性」と検索するのと「Network neutrality」と検索するのとでは、出てくる件数に100倍くらいの開きがある。日米ではっきりと温度差があるのです。日本で今ひとつ議論が盛り上がらないのは不思議なことです。
ブロードバンド大国となった日本では、このネットワークの中立性を巡る問題が世界に先駆けて具体化する可能性があります。行政が主導しながら、検討を進めていく必要があるでしょう。
2010年へ着実な一歩を
移動通信は過去、たいへんな成功を収めてきました。しかし、ドコモとKDDIの2社が突出した現状を固定化させないよう、さらに競争を促す必要があるとの指摘もあります。
森 新規参入を促すなど、料金・サービス両面での競争をさらに活性化させるべきだという意見は、よく耳にします。
今回イー・モバイルがサービスを開始しました。ソフトバンクもウィルコムもあって、さらにMVNOも活性化の要因となるでしょう。サービス競争はこれまでも進んできたし、今後も進んでいくはずです。
各レイヤーに分けて、今後もいろいろな分野に参入のチャンスが広がれば、ユーザーの選択の幅がさらに広がることが期待できます。
すでに、行政が事業者に対して料金を下げろと言う時代ではありません。ですから、行政としては、各事業者が料金を下げる気になる状況をいかに作っていくかが大事になります。
良いルールを作り、新しい技術を取り入れやすくして、ユーザーを獲得するためには料金を下げなければいけないという方向にオートマチックにスライドするようにしていく。それが行政の役割だと思っています
モバイルビジネス研究会で携帯電話販売奨励金廃止が論議され、MVNOも含めた新規参入の促進、MNP、ビジネスモデルの問題と、多様な施策を推進しています。
森 今後も、あらゆる施策を行っていきます。MNPにしても、事業者が緊張して取り組んだことで、競争を意識するきっかけになったと思います。
移動体通信に限らず、今年度もあらゆる分野で競争を促進していくための取り組みを進めていきます。「競争促進プログラム2010」も2年目に入る。これを淡々と進めていくということに尽きます。その一方で、無線などの新しいシステムの導入を円滑に進めていく。
私は、技術の進歩は決して止められないという考え方です。技術的にできることは、どんどん実用化していかなければ、世界から遅れていってしまいます。特にICTの分野は、ニーズがなくともシーズ優先で物事が進むべき分野だし、進んでいい分野だと思っていますから。ルールをきちんと作っておけばいい。
今年は何か特に大きなステップというわけではありませんが、2010年に向けて確実なステップを踏む。そういう1年にしたいですね。
(聞き手・土谷宜弘)